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大阪地方裁判所 昭和47年(ヨ)3528号 決定 1973年10月09日

申請人 池田春次

<ほか三名>

申請人ら補助参加人 大野田孝一

<ほか一六名>

以上申請人四名および補助参加人一七名代理人弁護士 井野口勤

同 島武男

被申請人 大阪中央硝子株式会社

右代表者代表取締役 伊島徳三

右代理人弁護士 細川喜信

被申請人 株式会社山田組

右代表者代表取締役 浜田豊太郎

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用中補助参加によって生じた分は補助参加人らの負担とし、その余は申請人らの負担とする。

理由

(申請の趣旨)

被申請人らは、大阪市東淀川区瑞光通四丁目三五番の一宅地三一七・三五平方メートルの土地上に建築中の鉄筋コンクリート造六階建共同宿舎および住居について高さ地表から九メートルを超える部分につき建築工事をしてはならない。

(申請の理由)

一、申請人らの土地建物とその環境

申請人池田春次は別紙第一目録記載の土地建物を所有し、申請人畑村静枝は別紙第二目録記載の土地建物を所有し、申請人畑村雄三郎は別紙第三目録記載の建物を所有し、申請人杉千代は別紙第四目録記載の土地建物を所有し、それぞれ右各建物に居住している。申請人らの右居住地域は閑静な住宅街で、近隣には日照、通風等を妨げるものはなく、申請人らは長年良好な住宅環境による生活利益を享受してきている。

二、被申請人らが建築しようとしている建物とその位置

被申請人大阪中央硝子株式会社は申請の趣旨記載の土地(以下本件土地という)上に鉄筋コンクリート造六階建共同宿舎および住宅(以下本件建物という)の建築を計画し、被申請人株式会社山田組に右建築工事を請け負わせ、建物基礎の杭打工事中である。本件建物の規模は、長さ東西に一四・六メートル、南北に一八・二メートル、建築面積一九〇・〇一平方メートル、延べ面積一〇四四・一一八平方メートル、高さ一九・八五メートルである。申請人池田および申請人畑村静枝の土地は、幅員六メートルの道路を隔てて本件土地の北側に所在し、申請人杉の土地は本件土地のすぐ西隣に所在する。

三、本件建物の建築により申請人らの受ける被害

本件建物が完成すると以下のような事態が発生する。

(一)  日光の遮断

本件建物が設計どおり完成した場合、申請人池田および同畑村両名の建物は、日照の恩恵につき大きな障害を受け、冬至においては、申請人池田宅は正午よりようやく日光が射しはじめ、申請人畑村ら宅は午後二時になって西側部分に日光が射しはじめるが、全面的に日が当るのは午後四時になってからであり、それも西日の斜光線であって、結局日照を最も必要とする午前一〇時から午後二時までの時間中全く日陰の生活を強要されることになる。

(二)  通風障害

申請人池田および同畑村両名の居宅は、夏は本件建物が南よりの涼風をさえぎる結果蒸し風呂の如き状態となり、冬は本件建物の北壁が北風を受けとめるため進路をふさがれた冷風が右壁にそって下降し、転じて右居宅に南から吹きつけることが予想され、その通風障害は著しいものである。

また、近時問題となっている乱気流による風害の慮れもある。

(三)  精神的苦痛

朝日とともに目ざめ、日光とともに生活することは古来の生活慣習であって、本件建物の建築によって終日太陽を奪われ、日陰で生活することはこの上なき精神的苦痛である。本件土地南側付近には三階建を超える建物がないのに、本件建物は六階建であり、毎日目前に高層建物を見上げて生活し、いつも見下される位置にあることの圧迫感、不快感ははかり知れないものがある。また本件建物から申請人らの生活を見下されてそのプライバシーが侵害される。

(四)  健康に及ぼす影響

日照を遮断されることにより、衣類、寝具類の日光消毒ができなくなるうえ、ビタミンDの不足をきたし、また湿気の多い我国にあってはその気候条件を更に悪化させることになる結果、申請人らの健康は著しく阻害される。

(五)  経済上の損失

日照、通風を阻害される結果、申請人池田および同畑村らの建物は日中でも暗くじめじめし、日陰で生活することを余儀なくされるために、冷暖房費、電灯代等の経済的負担が増加し、一方建物、畳、建具等の朽廃が早まり、申請人らの土地建物の価額は低下することとなる。

(六)  環境の悪化

申請人らは、昭和一〇年ころより今日まで、本件地域の環境の改善維持に努力し、現在の良好な住宅環境による生活利益を保持してきたものである。本件地域を少し離れるとなるほど五階建の建築物も存在しているけれども、申請人ら居住地域一帯は大部分が二階建以下の木造家屋であり、それ以外の建物も付近の住宅環境を悪化させないように高さを制限し、かつ近隣に対し圧迫感等を与えないように配慮し、またマンション等の共同住宅も居住者の選定に注意を払っており、申請人らの居住地域は有数の閑静な住宅街を形成しているのである。本件地域は大阪市の都市計画区域上の用途地域として近く住居地域に指定される予定であり、その際には本件土地上の建築物の容積率は二〇〇パーセントに規制されることになる。このような申請人らの居住環境にとって、本件建物は全く異質な存在であり、かつ、その使用目的が宿舎兼共同住宅で、主として学生用宿舎に利用される予定であるので、多数の学生が入居するときは静かな住宅街も深夜まで喧噪にわたることが予想され、住宅環境が悪化すること必定である。

四、本件建物の建築差止請求

(一)  住宅における日照、通風、採光等の確保は健康で文化的な生活を営むための必要にして欠くことのできない生活利益である。日照、通風等は当該土地の空間における共同資源であり、土地建物所有権の内容をなし、隣地間に公平に分配されるべきものである。したがって、かかる生活利益としての日照、通風等の確保については可能なかぎり法的保護が与えられねばならない。

また良好な住宅環境を保持することは地区住民の共同の利益であるから、これが法的保護の対象となることはいうまでもない。

(二)  しかるに、前記のとおり、被申請人らの本件建物の建築によって、申請人らの建物は日照、通風等を甚だしく阻害され、また申請人らが長年有してきた良好な住宅環境を著しく破壊される。これに比べ、本件建物の建築は営業的利益のみを目的とするもので、何ら社会公共的なものではなく、かつ被申請人大阪中央硝子の営業目的からしても右建築をしなければならない必然性がない。そうだとすれば、本件建物の建築は申請人らの土地建物所有権あるいは住宅環境に対する受忍限度を超える侵害であるというべく、申請人らは受忍できる限度である高さ九メートルを超える部分の建築工事を差止める権利を有するものである。

よって、申請人らは、右権利に基づき妨害排除請求の本訴を提起すべく準備中であるが、このまま本案判決まで放置すれば本件建物の建築工事が完成し、これを事後に至り収去を求めることは極めて困難となるので、これを避けるため、申請の趣旨記載の仮処分命令を求める。

(当裁判所の判断)

一、当事者間に争いのない事実ならびに疎明によると、次のとおりの事実を一応認めることができる。

(一)  申請人池田春次は、別紙第一目録記載の各土地を所有し、同目録(一)記載の土地上に同目録(四)記載の建物を所有し、これを店舗兼アパートとして他に賃貸し、同目録(二)(三)記載の土地上に同目録(五)記載の建物を所有し、これを自らの住居として使用している。申請人畑村静枝は別紙第二目録記載の各土地を所有し、同目録(三)記載の土地上に同目録(五)記載の建物を所有し、かつ、同目録(一)(二)の土地をも庭として使用し、申請人畑村雄三郎は同目録(四)記載の土地上に別紙第三目録記載の建物を所有し、右両建物は渡廊下で結ばれ、住居として使用されている。申請人杉千代は別紙第四目録(一)記載の土地およびその地上に存する同目録(二)記載の建物を所有し、これを住居として使用している。申請人らの土地およびその周辺の一団の土地は昭和一〇年頃分譲住宅地として整然と区画して売り出された土地で、申請人らは久しく右各建物に居住しているが、各居宅はいずれも門構えの建物で、敷地面積は広く、間取もゆったりしていて、南側に縁側や窓を充分にとっており、建物の周囲に高層建築物が存在していないので、申請人らは今日まで日照、通風等の自然の恵みを十分に享受してきた。

(二)  被申請人大阪中央硝子株式会社は、昭和三八年一〇月に申請の趣旨記載の本件土地を買い受けたが、同地上に居宅および共同宿舎部分をいわゆる賃貸マンションとして学生等に貸与することを計画し、次のような規模内容の本件建物を設計し、昭和四七年一〇月六日建築確認を受けたうえ、被申請人株式会社山田組にその建築工事を請け負わせ、同年一一月工事に着手した。

1 構造    鉄筋コンクリート六階建(一階倉庫、二階から五階まで賃貸マンション、六階居宅)

2 建築面積  一九〇・〇一平方メートル(建ぺい率五九・九七パーセント)

3 延べ面積  一〇四四、一一八平方メートル(容積率三二九・五八パーセント)

4 建物の高さ 一五・二五メートル(但し屋上にエレベーター機械室等として設置される塔屋を含めると一九・八五メートル)

5 建物の長さ 東西一四・四一メートル、南北一六・九メートル

本件土地の北側にはほぼ東西に走る幅員約六メートルの道路が存在するが、申請人池田および申請人畑村両名の土地建物はこの道路を隔てた北側に所在し(申請人池田の土地建物は西寄、申請人畑村両名のそれは東寄)、申請人杉の土地建物は本件土地のすぐ西隣に所在する。本件工事はいまだ基礎の杭打工事の段階である(本件の紛争により工事が中断している)が、設計によると、本件建物が完成した場合、本件建物の北側壁面と本件土地の北端の線(道路との境界線)との間隔は、建物一階入口の突出部分で一・四メートル、その余の部分で四・三メートルである。また、本件建物一階北面の中央点と申請人らの各建物一階南面の中央点との大体の距離をみると、申請人池田の店舗兼アパートの建物との間が約二八メートル、同申請人の住居たる建物との間が約一九メートル、申請人畑村静枝の建物との間が約二三メートル、申請人畑村雄三郎の建物との間が約三二・五メートルである。さらに申請人杉の建物東面より本件建物西側外壁までの距離は約二・二メートルである。

(三)  本件土地およびその周辺は、大阪市の北東部に位置し、交通至便な場所で、建築基準法の用途地域は住居地域に指定されている。本件土地のすぐ東隣には申請人畑村静枝所有の鉄筋コンクリート造の三階建マンションが存在するが、この建物を除いては申請人らの建物の周囲は木造瓦葺平家建又は二階建建物がほとんどで、総じて低層住宅街を形成している。そして、現在大阪市において都市計画法、建築基準法の改正に伴う新用途地域の指定作業が進行中であるが、その試案によれば、本件土地地域は住居地域とされ、容積率は二〇〇パーセントに規制される予定である(前記のように本件建物の容積率は三二九・五八パーセント)。

以上のとおり一応認めることができる。

二、そこで、本件建物の完成に伴う日照の阻害その他の申請人らの被害について更に立ち入って検討することとする。

(一)  日照阻害について

疎明によると、以下のとおり一応認められる。

まず冬至においては次のようになることが認められる。 (1)申請人池田の前述の店舗兼アパートの建物は午前八時までは全体が日陰にあるが、午前九時には北東部二分の一のみが日陰となり、午前九時四〇分ころ以降は終日日照を受けることができる。申請人池田の居宅は午前七時ころから本件建物の日陰の影響を受け始め、午前八時には南西部二分の一が日陰となり、午前九時から一〇時にかけてほとんど全体が日陰に入るが、徐々に日照を回復し、午前一一時には西側過半に日照を受けられるようになり、正午以降は完全な日照を得られる。 (2)申請人畑村両名の居宅のうち、申請人畑村静枝所有の建物は日の出から午前一一時三〇分近くまで完全な日照を受け、その後南西すみの食堂から日陰に入り始め、午後一時から二時にかけては南側開口部全体が日陰となるが、徐々に日照を回復し、午後三時以降は完全な日照を得られ、申請人畑村雄三郎所有の建物は午後一時過ぎまで全体が日照を受けることができ、その後徐々に本件建物の日陰に入り、午後二時から三時にかけて建物の三分の二が日陰となるが、午後三時三〇分ころからほとんど日照が回復する。 (3)申請人杉の居宅は本件建物の西側に存するため、午前一〇時ころまで、東側の一部分のみ日照を妨げられるが、それ以降は終日全体に日照を受けることができる。次に、春秋分においては、申請人池田および同畑村両名は本件建物によって日照を阻害されることはなく、申請人杉は冬至とさして大きな変化はない。その結果、年間を通じて太陽の南中高度の最も低い時点である冬至においても、午前八時から午後四時までの八時間の日照時間のうち申請人らの建物の過半部が本件建物によって日照阻害を受ける時間は最高三時間までであって、日照熱量の喪失率がそれ程著大ということはできない。なお、かりに、本件建物の設計を一部変更して三階建とし、かつ建物北側壁面をすべて敷地境界線から五〇センチメートルの法定許容限度で建築したとした場合、これによる日照阻害の程度を前示の場合と比較してみると、その間には著しい差異を認めることができない。

(二)  日照以外の生活妨害について

本件建物の規模からみて申請人らの建物への通風条件が従前よりも多少悪くなることは考え得られるし、申請人らが本件建物により或程度心理的圧迫感を受けるであろうことも否定できない。しかし申請人らの建物の周囲には前記のとおり相当な空間があり、右建物の主たる開口部と本件建物の相互の位置関係、距離ならびに仰角度等の疎明によれば、申請人らは、本件建物が建築されても、現在と比較して通風を著しく害されたり、風害の被害を受けたり、また甚しい圧迫感その他の心理的影響を受けたりするものとはにわかに認め難い。また以上認定の日照、通風の阻害状況からすれば、申請人らが本件建物によって受ける健康への影響あるいは経済的損失も特段に著しいものとは認められない。

次に、疎明によれば、本件建物は高さ一五・二五メートル(塔屋を除く)で、賃貸マンションとして一六室が予定され、北面および西面にも窓が取り付けられているので、申請人らが本件建物の居住者らによって私生活を覗き見されないかという不安を感じることは無理からぬものがあるといえよう。しかし他人の宅地や建物に対する観望の問題は隣接地に高い建物が建築されれば大なり小なり不可避的に起るものであって、通常は目隠設置工事等により一応の調整が可能であり(民法二三五条参照)、その程度如何を問わずに直ちに建築工事差止の根拠とすることはできないであろう。本件においても、本件建物の窓面に目隠し工事をするか、あるいは不透明硝子を使用するなどの配慮により申請人らの建物に対する観望を相当程度防止することが可能であると認められるし、前認定の建物の位置状況等によれば、本件建物と申請人らの建物との間にはかなりの距離があり、申請人らに耐え難いほどのプライバシーの侵害が発生するとまでは認めることができない。

(三)  住宅環境の破壊について

申請人らの建物の所在する付近一帯の土地がもともと住宅地として開発された土地で、永年にわたり低層住宅地として維持されていたこと、従前から都市計画法上住居地域として指定されていたこと、新法上も住居地域として指定される見込であることは、すでに認定したとおりである。しかしながら、反面において、疎明によると、本件土地のすぐ東側に隣接して前述の申請人畑村静枝所有の鉄筋コンクリート造三階建マンションが存在するほか、少し離れると北東方に四階建店舗兼居宅および三階建ビル、南方に大阪経済大学の五階建校舎等が散在し、本件建物のような高層建物が附近に全く見当らないというわけではない。また本件土地から一区画の宅地を隔てた南側には、東西に幅員三〇メートルの幹線道路が走り、申請人池田、同畑村静枝らの所有土地から一区画の宅地を隔てた北側には同じく東西に幅員一八メートルのバス道路が通じ、やや広く目を転じると、北方一〇〇メートルの距離には東海道新幹線が走り、居住圏内といえる範囲にもアパートや中小の町工場が多数混在していて、かつての閑静な住宅地としての環境はかなりの変化を受けていることは否定できない。申請人らの建物の所在する一画こそ今なお住宅地として止まっているものの、居住圏全体としては大阪市の市街地の中へとり込まれ、徐々にかつ確実に周囲から土地の高度利用化を迫られている地域であるといえよう。そうだとすると、本件建物が付近の住宅環境に対して特段に異質の存在であるとか、本件建物のために全体の住宅環境が著しく破壊されるとまでは謂いがたいところである。新用途地域の指定により将来本件土地付近の容積率が二〇〇パーセントに制限されることになるとしても、そのことのゆえに直ちに右の判断を左右するに足りない。

三  以上の次第であって、申請人らの土地建物は本件建物の完成によって多少日照を妨げられるが、それでも低層住宅地で冬至に確保されるべき日照時間といわれる四時間を超える日照量を享受できるうえ、年間を通じてみればなお相当な日照を受けることが可能であって、本件は日照阻害の程度が特段に著しい事案であるとは認められず、通風阻害、圧迫感等の日照以外の生活妨害その他の環境侵害についても、それが特に著大なものであるとまでは認めることができない。本件建物の建築が申請人らにとって決して好ましいものではないであろうことは首肯できるが、さればといってそのことのゆえに直ちに私法上の差止請求を認容することはできないのであって、申請人らの受ける不利益の程度はいまだ社会生活上受忍すべき程度を超え本件建築工事の差止を認容すべき程度には至っていないものと判断する。従って申請人らは本件建物の高さ九メートルを超える部分について建築の差止を求める権利を有しないものといわなければならない。

よって、本件仮処分申請は、被保全権利の存在について疎明がないもので、疎明に代えて保証を立てさせるのも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文九四条後段を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 小林茂雄 藤田清臣)

<以下省略>

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